「猫がぐったりしていて、お腹だけがぽっこり膨らんできた」「熱が下がらず、なんとなく元気がない」。そんなときに獣医師から
「猫伝染性腹膜炎(FIP)」という病名を聞くと、ぐっと不安になりますよね!
私は大分県で不妊去勢手術を専門とする獣医師で、長崎でも地域猫の活動に関わっています。この記事では、FIPとはどんな病気なのか、どんなサインがあれば動物病院を受診すべきかを、公的機関の情報をもとに整理して解説します(2026年8月時点の情報です)。「名前は聞いたことがあるけど、何がどう怖いのかは正直よくわからない」。ええ、だいたいそこからですよね。
FIP(猫伝染性腹膜炎)とは

FIPは、
猫腸コロナウイルスが体内で突然変異を起こし、病原性の高い「FIPウイルス」に変化することで発症する病気なんですよ。もとになる猫腸コロナウイルス自体は病原性がほとんどなく、感染しても無症状か軽い下痢程度で済むことが多いとされています。多くの猫が一度は感染する、わりとありふれたウイルスなんですが、それが体の中で化けてしまうのがFIPというわけです。
「腹膜炎」という名前がついていますが、お腹の膜だけの病気ではなく、全身のあちこちに炎症が及ぶ病気と考えられています。名前で中身を想像すると、ちょっとずれるんですね。
| |
猫腸コロナウイルス |
FIPウイルス |
| 病原性 |
ほとんどない |
高い |
| 症状 |
無症状か軽い下痢程度が多い |
発熱・元気消失・腹水や胸水・しこりなど |
| 猫から猫へ |
糞便などを介して広がりやすいとされる |
直接うつることは基本的にないとされる |
ここで誤解されやすいのが「うつる病気なのか」という点です。FIPウイルスは腸管内では増殖できないため糞便中に排出されることは基本的になく、
FIP自体が猫から猫へ直接伝染することはないと言われています。「じゃあ、うちの子にもうつるんじゃ・・・」と身構えた方もいるかもしれませんが、そこはひとまず安心してもらって大丈夫なんですよ。
多頭飼育の環境で複数の猫が同時に発症したように見えても、それは「同じ猫腸コロナウイルスに複数の猫が感染していて、それぞれの体内でたまたま突然変異が起きた」結果であることが多いようです。詳しい病態は
栃木県動物愛護指導センターの解説でも紹介されています。
ウェットタイプとドライタイプ、症状のサイン

FIPは大きく2つの型に分けられます。どちらの型になるかは、ウイルスに対するその猫自身の免疫反応の違いが関係していると言われているんですね。
| 型 |
特徴 |
飼い主さんの気づきやすさ |
| ウェットタイプ |
お腹や胸に水(腹水・胸水)が溜まり、肺や消化器を圧迫して呼吸が苦しくなることがある |
お腹の膨らみや呼吸の変化として目に見えやすい |
| ドライタイプ |
様々な臓器に小さなしこり(肉芽腫性炎)ができる |
しこりができた臓器によって出方が違い、気づきにくい |
共通してみられるサインとしては、
発熱・沈うつ(元気がなくなる)・食欲不振・体重減少・黄疸などが挙げられています。ウェットタイプでは腹部が膨らんで見えることが多いのですが、ドライタイプは症状の出方が臓器によって様々で、飼い主さんが気づきにくい場合もあるんですよ。
ドライタイプでは、目や神経に症状が出ることもあると言われています。「なんとなく目つきが違う」「歩き方がぎこちない」といった、言葉にしにくい違和感がきっかけになることもあるので、気になったらメモしておいてくださいね。
なお、ウェットとドライは「どちらか一方に固定」というより、経過のなかで両方の特徴が見られることもあるようです。型の名前にこだわるより、サインが続いているかどうかを見てあげるほうが実用的なんですよ。
どんな猫に多いか

FIPは
5歳以下の猫に多く見られるとされています。中でも1歳に満たない子猫での発症は進行が早いと言われていて、油断できないところなんですよ。地域猫の活動などで
子猫を拾ったときの記事もあわせて参考にしてください。
ただし「若い猫の病気だから、うちの子はもう年だし関係ない」と決めつけるのは、ちょっと早いんですね。年齢は目安の一つであって、年齢だけでFIPを除外することはできないとされています。逆に、若い猫で熱が下がらない状態が続くときは、FIPも疑う病気の一つとして頭に置いておくと、受診のときに話が早いんですよ。
受診の目安

次のようなサインが続くときは、自宅で様子を見続けるのではなく、早めに動物病院で診てもらってほしいところです。
- 発熱が続いていて、下がったり上がったりを繰り返している
- 食欲不振や元気のなさが数日以上続いている
- お腹が張ってきた、膨らんできたように見える
- 体重が減ってきている
- 白目や歯茎が黄色っぽく見える(黄疸のサイン)
これらのサインは他の病気でもみられるため、この記事の情報だけで
FIPかどうかを自己判断することはできません。「これって様子見でいいのかな」と迷う気持ちはよく分かりますが、迷った時点で、もう病院に行くタイミングだと思ってくださいね。
受診するときは、次のことを事前にメモしておくと、診察がぐっとスムーズになります。
- いつから、どんな様子が続いているか(日付と変化の順番)
- 食べる量・飲む量・体重の推移(わかる範囲で)
- 同居している猫の頭数と、その子たちの体調
- その猫をどこから迎えたか(拾った・譲渡・多頭の環境など)
- これまでの病歴・ワクチン歴・使っている薬
「元気がない」だけだと、獣医の側も手がかりが少なくて困るんですよ。日付入りのメモが1枚あるだけで、診察室での会話がまるで違います。
それから、人用の薬や手元に残っている他の猫の薬を、自己判断で与えるのは避けてくださいね。猫に使えない薬もありますし、症状が隠れて診断が遅れることにもつながるんですよ。
診断の流れ

FIPには、
これ一つで確定診断できるという単一の検査はありません。「単一の検査で分かればいいのに」と、正直なところ獣医の立場でも同じことを思うのですが、ないものはないのでしょうがないんですよね。実際の診察では、おおむね次のような材料を積み上げて総合的に判定されます。
- 問診による病状把握(いつから・どんな経過か)
- 全身状態の観察と触診(お腹の張り・体温・黄疸の有無など)
- 血液検査
- 腹水・胸水がある場合は、その貯留液の検査
- 画像検査(溜まっている水や臓器の様子を見る)
- 必要に応じて、組織サンプルの病理検査や免疫系の検査
血液検査の代表的な所見としては、総蛋白(TP)の上昇と、アルブミンの低下・グロブリンの上昇(A/G比の低下)が挙げられます。また、抗体価の検査は参考にはなりますが、
FIPウイルスだけでなく病原性の低い猫腸コロナウイルスに感染しているだけでも数値が上がるため、抗体価の結果だけを見て一喜一憂するのは、ちょっと早すぎるんですよね。抗体価の結果だけでFIPと判断することはできません。
腹水や胸水がある場合は、その貯留液を使った検査が診断の助けになりやすい一方、貯留液を伴わないドライタイプは直接的な診断に至るのが難しいとされています。(現在、FIPのPCR検査を実施してる検査機関もあるようです)
こうした事情があるので、一度の受診で「FIPです」と言い切れないことは珍しくありません。何日か空けて再検査になったり、「今のところ疑いが強い」という中間的な説明になったりするのは、獣医師が曖昧にしているわけではなく、病気の性質上そうなりやすいんですね。説明に納得がいかないときは、遠慮せずに「今の段階で何が分かっていて、何がまだ分からないのか」を聞いてみてください。
治療について今言えること

FIPは、かつては予後の悪い病気とされてきましたが、近年は治療の選択肢について報告が増えてきています。民間の動物病院でも、解明された理論に基づく治療プログラムを選択できるようになってきているのが現状です。
一方で注意したいのが、個人輸入された海外製剤です。品質や有効成分の含有量が保証されていないものが流通しているとされており、
猫の命に関わる治療を、飼い主さんの自己判断で個人輸入した薬剤だけに頼るのは避けるべきです。治療の選択肢は、必ず動物病院を通じて、獣医師の管理下で相談・検討してくださいね。
治療の相談をするときは、次の点を聞いておくと、あとで迷いにくくなります。
- 今の段階で選べる治療の選択肢と、それぞれの見通し
- 通院の頻度と、治療の区切りとなる期間の目安
- 費用の考え方(総額の目安と、途中で見直せるかどうか)
- 途中で治療をやめる・切り替える判断の基準
- 自宅で毎日確認しておくこと(食欲・体温・体重など)
費用の話は切り出しにくいものですが、聞かずに始めて途中で続けられなくなるほうが、猫にとっても飼い主さんにとってもつらいんですよ。最初に聞いておくのが、結局いちばん猫のためになります。
多頭飼育・保護現場での考え方

地域猫活動の現場や多頭飼育の環境では、猫同士の距離が近くストレスが関わりやすいと言われています。ただし、これは「多頭だから必ず発症する」という意味ではなく、猫腸コロナウイルス自体はごくありふれたもので、多くの猫が生涯無症状のまま過ごすわけです。過度に不安を感じすぎず、日頃から食欲・元気・体重の変化を見ておき、気になるサインがあれば動物病院に相談する、という基本を続けることが大切です。地域猫活動の基本的な流れは
TNRの解説記事でも紹介しています。
多頭の環境でできることは、特別なことではありません。トイレをこまめに清潔にする、食器や水を頭数に対して余裕のある数にする、新しく迎えた猫は最初は別の部屋で様子を見る。どれも地味なんですが、ウイルスの行き来とストレスを減らす方向に働くと言われています。まあ、猫のほうは「別の部屋」の意味を理解してくれませんけどね。
猫の免疫に関わる代表的なウイルス感染症には他に、
猫白血病ウイルス感染症や
猫免疫不全ウイルス感染症(いわゆる猫エイズ)があります。譲渡前の検査項目として名前を聞くことも多いウイルスなんですが、気になる方は動物病院に確認してみてくださいね。
この記事のまとめ
- ✓ FIPは猫腸コロナウイルスの突然変異で発症する病気で、猫から猫へ直接うつることは基本的にないと言われている
- ✓ 腹水・胸水が溜まる「ウェットタイプ」と、しこりができる「ドライタイプ」があり、5歳以下の猫に多い
- ✓ 確定診断できる単一の検査はなく、血液検査や画像検査などを総合して判定される
- ✓ 発熱・元気消失・食欲不振・お腹の張りなどが続くときは、早めに動物病院で相談を
FIPは情報が少なく不安になりやすい病気ですが、正しく知っておくことで、いざというときに落ち着いて動物病院と相談することができます。気になるサインに気づいたら、一人で抱え込まず、まずはかかりつけの動物病院に相談してみてくださいね。
・・・「もう少し様子を見よう」と思った時点で、様子ならもう十分に見ていますしね。
※この記事の内容は2026年8月時点の一般的な情報です。症状の現れ方や進行には個体差があり、診断・治療方針は猫の状態によって異なります。気になる症状がある場合は、必ずかかりつけの動物病院で直接ご確認ください。
執筆者:calico3(獣医師歴約40年)
大分・長崎で飼い主のいない猫の不妊手術(TNR)に取り組む獣医師が、現場で経験したことを書いています。
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